こさいたろうの日々雑感…
港区をフィールドに活動する「こさいたろう」が、日々感じることを感じるままに記録します。
衆議院の解散・総選挙に対する姿勢
日ごろ、活動の記録を掲載していますが、今回は特に、衆議院解散に対する小斉太郎の意見を掲載致します。皆様のご意見をぜひお寄せください。
同文は小斉の公式サイトにも掲載しております。
http://www.kosaioffice.com/
衆議院の解散・総選挙に対する姿勢
港区議会議員 小斉太郎
09/07/21
本日、衆議院が解散され、総選挙が行われる。
そもそも、解散前の衆議院の議席構成は、当時の小泉首相が郵政民営化を国民に問うた結果によるものである。したがって、私は、小泉内閣総辞職後に首班指名された安倍氏は自らの政見を示した上で速やかに国民の信を問う、つまり、解散総選挙を行うべきだったと主張してきた。なぜならば、国民の賛意なき政権が改革を主張しても、その正当性を見出すことはできないし、推進力も生まれ得ないと考えるからだ。
しかし、政権与党は、永田町の中における首相交代によって政権維持を続けてきた。この間、安倍、福田、麻生の各氏が政権を担ってきた訳だが、その交代はいつも唐突であり、「政権投げ出し」の批判に対する反論の余地もなかった。辞任した首相に、国政運営の最高責任者たる気概を感じることは、残念ながらできなかった。
さらに、そのような首相の姿勢が伝播するかのごとく、政治家としての資質すら問われかねない理由で多くの大臣が辞任した。また、各省庁においても、主権者たる国民の立場に立った職務遂行がなされているのか疑わざるを得ない事件や不祥事が頻発している現状だ。
1955年の保守合同以来、長年にわたりほぼ一貫して自由民主党が政権を担当してきた。「権力は腐敗する」。さらに、識者の一部からは、「政治が劣化している」とも指摘されはじめた。いよいよ、その弊害、ほころびが表れてきたのではないだろうか。
来たるべき総選挙においては、各政党が目指すべき日本の姿を明確に示し、そのためになすべき改革とその工程表を詳細に提示してほしい。そして、批判や中傷に終始するのではなく、正々堂々の論戦を展開してほしい。それが、必ずや明日の日本の夜明けにつながるものと確信する。
その上で、現在の私の心境を申し上げたい。先述の通り、現下の政権の行き詰まりを目の当たりにし、少なくとも今回は、国民が政権を交代させる、まさにその時ではないか。現在の与党に引き続き政権を担当させることは、昨今の行政の不祥事や大臣の政治資金の不透明さや不適切な発言を不問に付すことになる。また、かつて、民権政治を標榜した新党さきがけに所属した者として、官権政治から民権政治への転換、つまり、実質的な権力を保持し続ける官僚、霞が関が主導する政治を変えようとする大胆な政策提言に大いに期待を寄せている。その意味で、政権担当者の変更が必要と考えるものである。これまで政権政党として日本を牽引してきた自由民主党の業績には敬意を表しながらも、今、政治は大きく舵を切る時を迎えている。
最後に一言付言したい。
現在は、小選挙区制度を採用したことを契機として、自民・民主の二大政党が政権を争う構図となっている。
しかし、自民党はそもそも、社会主義勢力の伸長に対し、自由主義陣営の一員として歩むことを志向した保守勢力が合同して結成されたものだが、社会主義勢力の敗退という国際社会の激変とともに結党の意義は著しく薄まっている。そんな中、ともすると政権与党であることを自己目的化して求心力を保っているような状況だ。前回の総選挙では「与党だから自民党から出馬する」と公言する候補者もいたくらいである。
一方、民主党も、自民党を批判する勢力として結集し、政権交代実現が自己目的化してはいないだろうか。候補者の中には「自民・民主どちらでもよかったが空きがあるのが民主党だった」というような声があるとも耳にする。
誤解を恐れずに言えば、今、自民党にも民主党にも大黒柱が見当たらない。つまり、両党ともに国政運営の基本的政策、安全保障や経済財政政策などについて、党内に抜き差しならない政策対立を抱えている。こんな状況で、国民に共感を求めることはできない。
私は、日本の将来に希望の光を見出せない今、古い家を壊す勇気と新しい家を建てる気概が重要だと思う。そして、解体方法から新しい家の設計図、その工程表の違いをもって政党が再編成される、あるいは新しい政党が生まれるべきと確信している。
私は新党さきがけ離党後、地方議員として無所属を貫いているが、それは政党が嫌いだからとか選挙目当てだからということでは決してない。私が共感できる政党があれば、すぐにでも駆けつけて新しい家づくりに参加したいという思いを常に心の中に秘めている。清新で健全、官主導の統治構造を改め、背伸びをしない国づくりを志向する勢力の誕生を期待している。
同文は小斉の公式サイトにも掲載しております。
http://www.kosaioffice.com/
衆議院の解散・総選挙に対する姿勢
港区議会議員 小斉太郎
09/07/21
本日、衆議院が解散され、総選挙が行われる。
そもそも、解散前の衆議院の議席構成は、当時の小泉首相が郵政民営化を国民に問うた結果によるものである。したがって、私は、小泉内閣総辞職後に首班指名された安倍氏は自らの政見を示した上で速やかに国民の信を問う、つまり、解散総選挙を行うべきだったと主張してきた。なぜならば、国民の賛意なき政権が改革を主張しても、その正当性を見出すことはできないし、推進力も生まれ得ないと考えるからだ。
しかし、政権与党は、永田町の中における首相交代によって政権維持を続けてきた。この間、安倍、福田、麻生の各氏が政権を担ってきた訳だが、その交代はいつも唐突であり、「政権投げ出し」の批判に対する反論の余地もなかった。辞任した首相に、国政運営の最高責任者たる気概を感じることは、残念ながらできなかった。
さらに、そのような首相の姿勢が伝播するかのごとく、政治家としての資質すら問われかねない理由で多くの大臣が辞任した。また、各省庁においても、主権者たる国民の立場に立った職務遂行がなされているのか疑わざるを得ない事件や不祥事が頻発している現状だ。
1955年の保守合同以来、長年にわたりほぼ一貫して自由民主党が政権を担当してきた。「権力は腐敗する」。さらに、識者の一部からは、「政治が劣化している」とも指摘されはじめた。いよいよ、その弊害、ほころびが表れてきたのではないだろうか。
来たるべき総選挙においては、各政党が目指すべき日本の姿を明確に示し、そのためになすべき改革とその工程表を詳細に提示してほしい。そして、批判や中傷に終始するのではなく、正々堂々の論戦を展開してほしい。それが、必ずや明日の日本の夜明けにつながるものと確信する。
その上で、現在の私の心境を申し上げたい。先述の通り、現下の政権の行き詰まりを目の当たりにし、少なくとも今回は、国民が政権を交代させる、まさにその時ではないか。現在の与党に引き続き政権を担当させることは、昨今の行政の不祥事や大臣の政治資金の不透明さや不適切な発言を不問に付すことになる。また、かつて、民権政治を標榜した新党さきがけに所属した者として、官権政治から民権政治への転換、つまり、実質的な権力を保持し続ける官僚、霞が関が主導する政治を変えようとする大胆な政策提言に大いに期待を寄せている。その意味で、政権担当者の変更が必要と考えるものである。これまで政権政党として日本を牽引してきた自由民主党の業績には敬意を表しながらも、今、政治は大きく舵を切る時を迎えている。
最後に一言付言したい。
現在は、小選挙区制度を採用したことを契機として、自民・民主の二大政党が政権を争う構図となっている。
しかし、自民党はそもそも、社会主義勢力の伸長に対し、自由主義陣営の一員として歩むことを志向した保守勢力が合同して結成されたものだが、社会主義勢力の敗退という国際社会の激変とともに結党の意義は著しく薄まっている。そんな中、ともすると政権与党であることを自己目的化して求心力を保っているような状況だ。前回の総選挙では「与党だから自民党から出馬する」と公言する候補者もいたくらいである。
一方、民主党も、自民党を批判する勢力として結集し、政権交代実現が自己目的化してはいないだろうか。候補者の中には「自民・民主どちらでもよかったが空きがあるのが民主党だった」というような声があるとも耳にする。
誤解を恐れずに言えば、今、自民党にも民主党にも大黒柱が見当たらない。つまり、両党ともに国政運営の基本的政策、安全保障や経済財政政策などについて、党内に抜き差しならない政策対立を抱えている。こんな状況で、国民に共感を求めることはできない。
私は、日本の将来に希望の光を見出せない今、古い家を壊す勇気と新しい家を建てる気概が重要だと思う。そして、解体方法から新しい家の設計図、その工程表の違いをもって政党が再編成される、あるいは新しい政党が生まれるべきと確信している。
私は新党さきがけ離党後、地方議員として無所属を貫いているが、それは政党が嫌いだからとか選挙目当てだからということでは決してない。私が共感できる政党があれば、すぐにでも駆けつけて新しい家づくりに参加したいという思いを常に心の中に秘めている。清新で健全、官主導の統治構造を改め、背伸びをしない国づくりを志向する勢力の誕生を期待している。
旗がない
お知らせ
4月にブログを引っ越す予定です。作業が完了しましたらお伝えします。
以下、ローカル紙に寄稿した国政に関する意見を掲載します。
百年に一度の経済危機といわれるが、現在の状況はむしろ、私たちが未だかつて経験したことのない社会の大転換期というべきではないか。このような状況下、政治の役割は極めて重大だ。未来を見据えて、目的地や航海図を示すことが政治の責任である。しかし、現政権は対症療法に終始しており、その対症療法すら明確な効果を期待できない状況といえる。その最大の理由は、政権が国民の信頼を得ていないことにある。経済危機への対応はもちろん重要だが、多くの国民の賛同を得なければ、政策を強力に推し進めることはできない。まさに今、国政を担当する者は自ら正しいと信ずる旗を掲げ、国民に信を問う責務がある。解散総選挙によって示される民意が、新しい政治の出発点になるものと確信している。
4月にブログを引っ越す予定です。作業が完了しましたらお伝えします。
以下、ローカル紙に寄稿した国政に関する意見を掲載します。
百年に一度の経済危機といわれるが、現在の状況はむしろ、私たちが未だかつて経験したことのない社会の大転換期というべきではないか。このような状況下、政治の役割は極めて重大だ。未来を見据えて、目的地や航海図を示すことが政治の責任である。しかし、現政権は対症療法に終始しており、その対症療法すら明確な効果を期待できない状況といえる。その最大の理由は、政権が国民の信頼を得ていないことにある。経済危機への対応はもちろん重要だが、多くの国民の賛同を得なければ、政策を強力に推し進めることはできない。まさに今、国政を担当する者は自ら正しいと信ずる旗を掲げ、国民に信を問う責務がある。解散総選挙によって示される民意が、新しい政治の出発点になるものと確信している。
福田首相辞意表明
先般、あるローカル新聞に、福田改造内閣についてのコメントを求められ、下記のように寄稿した。
『そもそも現在の衆議院の議席構成は、当時の小泉首相が郵政民営化を国民に問うた結果によるもの。参議院選挙を経て至る現在の政治状況は、その当時と全く異質である。福田首相が自らの政治的意志を明確に示して政権を継続するならば、国民の賛意を得た上でなければその正当性を見いだすことはできないし、真の改革の推進力を生み出すこともできないはずだ。新内閣は早急に将来ビジョンを明らかにした上で、速やかに解散総選挙を行い、民意を問うべきである。』
福田氏は、内閣を改造し、経済対策をまとめ、臨時国会に臨もうとしていた矢先に、昨年の安倍氏の時と同様にまたもや辞意表明。首相としての責任感のかけらも感じられない。コメントにも書いたとおり、もはや自民党のコップの中で争っている時期ではない。選挙により国民の信任を得た政党が、責任を持って政権を担当すべきだ。私たちは、今後展開されるであろう『ポスト福田は誰に』といったキャンペーンに踊らされてはいけない。
『そもそも現在の衆議院の議席構成は、当時の小泉首相が郵政民営化を国民に問うた結果によるもの。参議院選挙を経て至る現在の政治状況は、その当時と全く異質である。福田首相が自らの政治的意志を明確に示して政権を継続するならば、国民の賛意を得た上でなければその正当性を見いだすことはできないし、真の改革の推進力を生み出すこともできないはずだ。新内閣は早急に将来ビジョンを明らかにした上で、速やかに解散総選挙を行い、民意を問うべきである。』
福田氏は、内閣を改造し、経済対策をまとめ、臨時国会に臨もうとしていた矢先に、昨年の安倍氏の時と同様にまたもや辞意表明。首相としての責任感のかけらも感じられない。コメントにも書いたとおり、もはや自民党のコップの中で争っている時期ではない。選挙により国民の信任を得た政党が、責任を持って政権を担当すべきだ。私たちは、今後展開されるであろう『ポスト福田は誰に』といったキャンペーンに踊らされてはいけない。
憲政の常道
定例議会開会中です。
現在は、決算審議を行っています。
この議会では主に、まちづくり(高さ制限導入)、豊かな財政下における区政運営の方法(区民負担の低減も選択肢)、補助金の不適正支出と委託等事業者との契約の透明性確保、などについて取り上げています。ひとつのテーマを深く掘り下げているので、数多くのテーマを取り上げられないのが悩みです。ちなみに、決算審議の一人当たり質問時間は60分。会派としての総括質問が25分となっています。ちょっと足りないというのが本音ですが、会期を伸ばすことに慎重な勢力が多く、難しい情勢です。
さて、この度は以下のコラムを書いてみましたので掲載します。皆様からご意見をいただければ幸いです。
憲政の常道
自民党の福田新政権が発足した。
安倍前首相が国会での所信表明後、その責任を放棄し政権を投げ出したことにより、首相交代となった。衆議院において自民党が過半数を有しているため、マスコミも含め多くの国民が疑いなく、自民党内の総裁の交代イコール首相交代と認識し、淡々と事は進んだ。しかし、それは本当に正当なのだろうか。
直近の国政選挙、先の参院選では、明らかに安倍政権を信任しないという結論を国民は示した。民主主義制度を採用している以上、選挙で示された国民の意志が何よりも最優先されるべきであり、安倍首相(当時)の続投の決断に正当性はない。しかも、その後に内閣を改造し、諸外国で国際協力の意思を改めて表明し、国会において自らの所信を明らかにして、今後とも自らの政策を推し進めていく強い姿勢を示した。その上での唐突な退陣表明である。国政を司る内閣総理大臣としてきわめて無責任であり、まさに前代未聞の行動だった。その安倍氏をこぞって首班指名し支え続けたのは紛れもなく与党自民党・公明党だ。前述の通り、参院選後二度にわたって、一国のトップリーダーとしての資質を本質的に問われる事態が起きたのであるから、その人物を指名し支え続けた自民党の責任はきわめて重大である、と厳しく指摘せざるを得ない。
内閣総理大臣が政権運営に行き詰まり政権を維持できなくなった際、直ちに野党第一党に政権を引き渡す。これが「憲政の常道」である。この原則に従えば、野党は衆議院で少数のため、早期に解散総選挙となり、そこで示される民意に基づく安定した政権が誕生するであろうと推測される。
「憲政の常道」は、憲法或いは法律上の規定ではもちろんない。しかし、議会制民主主義とそれに基づくわが国の議院内閣制の健全な発展に欠かせない原理原則として、十分現代にも通用するものと私は考える。
「憲政の常道」を常に念頭において政治に携わっていた政治家が、過去日本にいた。
まず、戦前、実質的な総理大臣指名権(奏請権)を有していた元老・西園寺公望。戦争の足音とともに台頭した軍部の圧力により原則を貫けなくなったものの、昭和初期、二大政党間で、一方の政権が行き詰まると他方から首班を決める、まさに「憲政の常道」から外れぬよう努力を重ねた。
もう一人は、戦後長期政権で戦後日本の礎を築いた吉田茂。ワンマン宰相といわれたが、政権が行き詰まった時には、野党第一党への政権交代、或いは新憲法下で決断が可能になった解散総選挙で民意を問う、つまり「憲政の常道」を常に踏まえ政権を担っていた。
翻って、現在の安倍氏から福田氏への政権移行はどうか。
繰り返しになるが、直近の参院選で示された民意により、衆参で与野党逆転現象が生じ、内閣提出法案を簡単に成立させられない、まさに「政権が行き詰まっている」状態だ。本来ならば、「憲政の常道」に従い、野党第一党への政権交代、或いは解散総選挙が決断されるべきだが、衆議院で絶対安定多数を有する自民党にその意思は全く感じられない。国会開会後、所信表明までしながら政権を投げ出した総理大臣を輩出した与党としての責任感はほとんど感じられない。あたり前のごとく権力の座を明け渡さない姿勢をみると、暗澹たる思いだ。現状では、できるだけ早期に民意を問う場面が訪れることを願うばかりだ。
「憲政の常道」を体現する政治家を、国民自身が選び出すことができるか、今問われている。
現在は、決算審議を行っています。
この議会では主に、まちづくり(高さ制限導入)、豊かな財政下における区政運営の方法(区民負担の低減も選択肢)、補助金の不適正支出と委託等事業者との契約の透明性確保、などについて取り上げています。ひとつのテーマを深く掘り下げているので、数多くのテーマを取り上げられないのが悩みです。ちなみに、決算審議の一人当たり質問時間は60分。会派としての総括質問が25分となっています。ちょっと足りないというのが本音ですが、会期を伸ばすことに慎重な勢力が多く、難しい情勢です。
さて、この度は以下のコラムを書いてみましたので掲載します。皆様からご意見をいただければ幸いです。
憲政の常道
自民党の福田新政権が発足した。
安倍前首相が国会での所信表明後、その責任を放棄し政権を投げ出したことにより、首相交代となった。衆議院において自民党が過半数を有しているため、マスコミも含め多くの国民が疑いなく、自民党内の総裁の交代イコール首相交代と認識し、淡々と事は進んだ。しかし、それは本当に正当なのだろうか。
直近の国政選挙、先の参院選では、明らかに安倍政権を信任しないという結論を国民は示した。民主主義制度を採用している以上、選挙で示された国民の意志が何よりも最優先されるべきであり、安倍首相(当時)の続投の決断に正当性はない。しかも、その後に内閣を改造し、諸外国で国際協力の意思を改めて表明し、国会において自らの所信を明らかにして、今後とも自らの政策を推し進めていく強い姿勢を示した。その上での唐突な退陣表明である。国政を司る内閣総理大臣としてきわめて無責任であり、まさに前代未聞の行動だった。その安倍氏をこぞって首班指名し支え続けたのは紛れもなく与党自民党・公明党だ。前述の通り、参院選後二度にわたって、一国のトップリーダーとしての資質を本質的に問われる事態が起きたのであるから、その人物を指名し支え続けた自民党の責任はきわめて重大である、と厳しく指摘せざるを得ない。
内閣総理大臣が政権運営に行き詰まり政権を維持できなくなった際、直ちに野党第一党に政権を引き渡す。これが「憲政の常道」である。この原則に従えば、野党は衆議院で少数のため、早期に解散総選挙となり、そこで示される民意に基づく安定した政権が誕生するであろうと推測される。
「憲政の常道」は、憲法或いは法律上の規定ではもちろんない。しかし、議会制民主主義とそれに基づくわが国の議院内閣制の健全な発展に欠かせない原理原則として、十分現代にも通用するものと私は考える。
「憲政の常道」を常に念頭において政治に携わっていた政治家が、過去日本にいた。
まず、戦前、実質的な総理大臣指名権(奏請権)を有していた元老・西園寺公望。戦争の足音とともに台頭した軍部の圧力により原則を貫けなくなったものの、昭和初期、二大政党間で、一方の政権が行き詰まると他方から首班を決める、まさに「憲政の常道」から外れぬよう努力を重ねた。
もう一人は、戦後長期政権で戦後日本の礎を築いた吉田茂。ワンマン宰相といわれたが、政権が行き詰まった時には、野党第一党への政権交代、或いは新憲法下で決断が可能になった解散総選挙で民意を問う、つまり「憲政の常道」を常に踏まえ政権を担っていた。
翻って、現在の安倍氏から福田氏への政権移行はどうか。
繰り返しになるが、直近の参院選で示された民意により、衆参で与野党逆転現象が生じ、内閣提出法案を簡単に成立させられない、まさに「政権が行き詰まっている」状態だ。本来ならば、「憲政の常道」に従い、野党第一党への政権交代、或いは解散総選挙が決断されるべきだが、衆議院で絶対安定多数を有する自民党にその意思は全く感じられない。国会開会後、所信表明までしながら政権を投げ出した総理大臣を輩出した与党としての責任感はほとんど感じられない。あたり前のごとく権力の座を明け渡さない姿勢をみると、暗澹たる思いだ。現状では、できるだけ早期に民意を問う場面が訪れることを願うばかりだ。
「憲政の常道」を体現する政治家を、国民自身が選び出すことができるか、今問われている。
参院選における国民の判断と衆参逆転国会への期待
大変ご無沙汰しています。小斉太郎です。
本来皆様に活動報告すべきところ、それを怠っており大変申し訳なく、お詫び申し上げます。本日から、復帰後二回目の定例会が始まります。引き続き、区役所の仕事を精査する役割を任じ取り組んで参ります。なお、会派結成から初めての議会を迎えるまでの報告は、http://www.kosaioffice.com/に掲載中です。
さて、先月参院選直後に下記のような拙文をまとめていました。当初公表するか迷い、臨時国会開会後にブログにアップするつもりでした。
その矢先の、突然の「辞意表明」。驚きを禁じ得ませんでした。新内閣を組織し、国会が召集され、国民に向かって所信の表明を行ったわずか二日後の表明。政治が国民の信託のうえに成り立っているという基本中の基本を、やはりほとんどご理解されていなかったのだと思わざるを得ません。
皆様は、いかがお考えでしょうか?
ここで改めて、小斉の考える「参院選における国民の判断と衆参逆転国会への期待」を掲載します。ご一読賜れば幸いです。
参院選における国民の判断と衆参逆転国会への期待
安倍氏が自民党総裁に選出され、内閣総理大臣に指名された際、私は「まず、衆議院の解散総選挙で国民に信を問え」と主張した。なぜなら、現在の衆議院を構成する議員は小泉前首相の「郵政選挙」において選ばれたメンバーであり、郵政民営化を掲げる小泉氏を信任する国民の意思を体現しているに他ならないからだ。
しかし、安倍氏は、「郵政選挙」で得た数を背景に自らの思いや政策を強引に推し進めはじめた。憲法改正、教育改革、公務員制度改革等、目次としては喫緊の課題がないわけではないが、十分な議論や検証の乏しいままに自らの正しさを押し通し続けた。その流れなのかで行われたのが先般の参議院議員選挙である。
年金問題や閣僚の発言、政治とカネの問題等々、新しい時代を開く対応が求められつつも安倍政権が全く対応できなかったことも自民党敗北のボディーブローとはなった。それに加えて、私はそもそも、安倍氏が自らの路線を解散総選挙によって国民に問う姿勢が全くなかったことが今回の選挙結果に現れたものとみる。
参院選が惨敗の結果に終わってもなお、「私の基本的姿勢は理解されている」と続投を表明した安倍氏の姿勢を見ると、主権者たる国民による選挙とその結果を受けて政治を司るという「民主主義政治の基本原則」すら安倍氏は理解していないのかと愕然とする。「私の内閣」、安倍氏は公言してはばからないが、政権は安倍氏の私物ではない。選挙結果という国民の意思をも受け止められない人物には、もはや首相の資格はないと断じたい。そして、安倍氏続投を許し、党内で党首交代の議論すら起こらない自民党からは、永年責任政党として政権を担ってきた重みが、今回は全く感じられない。自民党の終焉を思わせる様相を呈していると感じるのは私だけだろうか。
一方で、参議院での与党過半数割れを現実のものとし、比較第一党となった民主党の責任は極めて重大だ。
民主党は、いたずらに解散を求めたり揚げ足を取ったりする行動は厳に慎むべきだ。民主党としての理念と政策をしっかりと示し、それを法案として具現化し、国会の場で堂々と論戦を挑むべきだ。また、国政調査権を駆使して、これまで明らかにできなかった霞が関の暗部を、徹底して国民の前に明らかにすべきである。衆参逆転国会は混乱を招くと与党サイドは喧伝するが、政治の変化の必要性を正攻法で国民に伝えることで、民主党の評価は劇的に変化するに違いない。逆に、支持組織への配慮や、政権交代を視野に霞ヶ関への妥協の行動を少しでも見せれば、たちまち国民の支持を失うことを忘れてはならない。
秋からの臨時国会における民主党の取り組みに大いに注目し、かつ期待もしている。民主党の取り組み如何によって、将来、自民・民主という政党の枠組みを超えた本格的な政界大変動を促す可能性は十分にある。選挙事情に捉われない、理念や政策に基づく政界再編を期待しているのは私だけではないはずだ。
本来皆様に活動報告すべきところ、それを怠っており大変申し訳なく、お詫び申し上げます。本日から、復帰後二回目の定例会が始まります。引き続き、区役所の仕事を精査する役割を任じ取り組んで参ります。なお、会派結成から初めての議会を迎えるまでの報告は、http://www.kosaioffice.com/に掲載中です。
さて、先月参院選直後に下記のような拙文をまとめていました。当初公表するか迷い、臨時国会開会後にブログにアップするつもりでした。
その矢先の、突然の「辞意表明」。驚きを禁じ得ませんでした。新内閣を組織し、国会が召集され、国民に向かって所信の表明を行ったわずか二日後の表明。政治が国民の信託のうえに成り立っているという基本中の基本を、やはりほとんどご理解されていなかったのだと思わざるを得ません。
皆様は、いかがお考えでしょうか?
ここで改めて、小斉の考える「参院選における国民の判断と衆参逆転国会への期待」を掲載します。ご一読賜れば幸いです。
参院選における国民の判断と衆参逆転国会への期待
安倍氏が自民党総裁に選出され、内閣総理大臣に指名された際、私は「まず、衆議院の解散総選挙で国民に信を問え」と主張した。なぜなら、現在の衆議院を構成する議員は小泉前首相の「郵政選挙」において選ばれたメンバーであり、郵政民営化を掲げる小泉氏を信任する国民の意思を体現しているに他ならないからだ。
しかし、安倍氏は、「郵政選挙」で得た数を背景に自らの思いや政策を強引に推し進めはじめた。憲法改正、教育改革、公務員制度改革等、目次としては喫緊の課題がないわけではないが、十分な議論や検証の乏しいままに自らの正しさを押し通し続けた。その流れなのかで行われたのが先般の参議院議員選挙である。
年金問題や閣僚の発言、政治とカネの問題等々、新しい時代を開く対応が求められつつも安倍政権が全く対応できなかったことも自民党敗北のボディーブローとはなった。それに加えて、私はそもそも、安倍氏が自らの路線を解散総選挙によって国民に問う姿勢が全くなかったことが今回の選挙結果に現れたものとみる。
参院選が惨敗の結果に終わってもなお、「私の基本的姿勢は理解されている」と続投を表明した安倍氏の姿勢を見ると、主権者たる国民による選挙とその結果を受けて政治を司るという「民主主義政治の基本原則」すら安倍氏は理解していないのかと愕然とする。「私の内閣」、安倍氏は公言してはばからないが、政権は安倍氏の私物ではない。選挙結果という国民の意思をも受け止められない人物には、もはや首相の資格はないと断じたい。そして、安倍氏続投を許し、党内で党首交代の議論すら起こらない自民党からは、永年責任政党として政権を担ってきた重みが、今回は全く感じられない。自民党の終焉を思わせる様相を呈していると感じるのは私だけだろうか。
一方で、参議院での与党過半数割れを現実のものとし、比較第一党となった民主党の責任は極めて重大だ。
民主党は、いたずらに解散を求めたり揚げ足を取ったりする行動は厳に慎むべきだ。民主党としての理念と政策をしっかりと示し、それを法案として具現化し、国会の場で堂々と論戦を挑むべきだ。また、国政調査権を駆使して、これまで明らかにできなかった霞が関の暗部を、徹底して国民の前に明らかにすべきである。衆参逆転国会は混乱を招くと与党サイドは喧伝するが、政治の変化の必要性を正攻法で国民に伝えることで、民主党の評価は劇的に変化するに違いない。逆に、支持組織への配慮や、政権交代を視野に霞ヶ関への妥協の行動を少しでも見せれば、たちまち国民の支持を失うことを忘れてはならない。
秋からの臨時国会における民主党の取り組みに大いに注目し、かつ期待もしている。民主党の取り組み如何によって、将来、自民・民主という政党の枠組みを超えた本格的な政界大変動を促す可能性は十分にある。選挙事情に捉われない、理念や政策に基づく政界再編を期待しているのは私だけではないはずだ。
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