こさいたろうの日々雑感…

港区をフィールドに活動する「こさいたろう」が、日々感じることを感じるままに記録します。

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2007/03/05

こさい太郎の素浪人生活 その6 (まとめ)

ご無沙汰しています。
ブログへの書き込みはいつも後回しになってしまいがちで、「これじゃあ訪問して下さる方も増えないはずだなぁ」と思いつつも、「読んで下さる方がいる」と信じて、続けています。

これまで綴ってきた「こさい太郎の素浪人生活」も今回の「その6」で最後です。政治家の浪人生活の一例として綴らせて頂きました。拙い文章にお付き合い頂きありがとうございました。

次回以降は、時事問題から考える私の政策などを掲載していくつもりです。今後ともご愛読賜りますようお願いします。


こさい太郎の素浪人生活その6(まとめ)

これまで綴ってきたようなことをしながら家族三人、その日暮らし的ではありますが、何とか生活を続けております。
多くの皆様の温かいお気持ちに支えられ生活できていることに思いを致し続けた2年半でありました。生活することの厳しさ、生活の糧を得ることの大変さを身をもって体得する機会となりました。25歳から港区議会議員に選出頂き、以来9年間は毎月決まった報酬を税金から頂いていた私にとって、落選・浪人は、遅ればせながら厳しい社会の風を経験するための予め決められた運命だったのかもしれません。
私の人生にとって具体的にどのような糧となっているのか、渦中にある今はうまく説明できませんが、これからも私が生活の中で感じたことをまっすぐに政治にぶつけていきたい、それこそが自らの役割なんだと任じ、前進して参ります。

澄みわたる青空のような、明るく、活力あふれる港区を目指し、小斉太郎は再始動しています。

(おわり)

こさい太郎プロフィール
http://www.kosaioffice.com/keitai-prof.htm

こさい太郎サイト
http://www.kosaioffice.com/

2007/02/22

こさい太郎の素浪人生活 その5

先日、千葉大の明石先生という方の講演に出かけました。
放課後の子どもの居場所づくりの重要性をずいぶん前から訴えている先生です。私も現職区議時代には「放課後の学校をこどもに開放せよ、高コスト運営の児童館(学童クラブ)をやめて、その代わりに新しい放課後事業検討を」と提案していました。最も印象に残ったのは、親の所得格差から子どもの「体験量格差」が生まれる、ということ。これは子どもの成長にとっては決定的です。親のありよう(特に所得)によって子どもの人生が大きく左右することがあってはならないと思います。そこで出番は地域社会だと思います。

先日、青山の青少年地区委員会主催のスケート教室があり、理事である私も手伝いに行きました。みんな楽しそうにスケートを習っていました。いい事例だと思います。

役所(行政)にはそのサポート役に徹してほしいと思います。

すべての子どもにいろいろな体験をしてほしいものです。


それでは、連載「こさい太郎の素浪人生活 その5」をお読み下さい。お願いします。

(早朝の牛乳配達
昨年8月のお盆明けから週3日、早朝の牛乳配達を始めました。学生時代以来はじめて、アルバイト情報誌のページをめくり見つけ当てた仕事です。ミニコミ誌の発行や地域の活動を続けること、駐車場の巡回の仕事を考えると、さらに仕事をするには必然、早朝に限定せざるを得ませんでした。また、運転免許以外に特別な技能も有していないために適する仕事がなかなか見つからなかったのですが、ようやく牛乳配達にたどりつきました。
6月に子どもを授かりましたが、それにより妻は、それまで就いていた派遣会社経由のT社の電話オペレーターの仕事を4月いっぱいで辞めました。出産後は、ある程度子どもが大きくなるまでは母親として子育てに専念したいというのが妻の希望で、私も大賛成のため、出産前の妻の収入を補う必要に迫られました。実は、私が浪人中の妻の収入は、我が家の家計の重要な柱だったのです。
さて、仕事は目黒区の担当。1日70〜80軒のご家庭に軽自動車で宅配します。「牛乳屋さん」といっても、15種類以上の商品を注文にあわせて配ります。牛乳だけでも8種類、これにヨーグルトや乳酸飲料、豆乳飲料などがラインナップです。
当初慣れるまでは1:30起床でしたが、今では3:00起床でも間に合うようになりました。お客様とは朝7:00までにお届けするという契約なのです。毎朝、どんな方が牛乳を取りにこられるのか、楽しみに想像しながら配達しています。ただ、空き瓶回収もしますが、その時に洗わずに返却される方が少なからずいて、それには閉口です。
最後に、配達しながら残念なことと心配になることを一つずつ。残念なのは、冬に入り日の出が遅くなりきれいな朝焼けが見られなくなったこと。心配になることは、政治活動用のポスターが日々増えていて、自分の活動が進んでいないことを実感させられることです。

(つづく)


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2007/02/08

こさい太郎の素浪人生活 その4

1月中の小斉・報告

浪人中ではありながらも15件ほどの新年会に参加しました。現職の議員さんは参加する新年会が数多く、挨拶が終わると次の場所へ、大変忙しそうです。私はそこまでではないので、普段お会いできない方々とじっくり膝を交えることを心がけていました。時には二次会まで参加し、羽目をはずしていましたが。

この他は、日常の生活、さまざまな準備活動であっという間に時は過ぎ去っていきました。本当に時の経つのは早いものです。

それと、12年間続けている「夜回り」(拍子木を叩いて廻る火の用心のこと)、無事終了しました。毎年、雨以外はほとんど毎日廻っていたのですが、今年は自主的に週3回程度に致しました。毎年応援下さる皆さん、ありがとうございました。

それでは、以下「こさい太郎の素浪人生活 その4」です。


(東京六本木ライオンズクラブの事務局担当)
私は、東京六本木ライオンズクラブに所属して12年目になりますが、昨年1月からその事務局を担当しています。
それまでは、東京合同事務局というところに業務を委託していたのですが、その費用が結構な金額であることから、経費削減の一環としてメンバーである私が引き受けることになったのです。ただ、実際のところは、メンバーの皆さんが私のおかれた状況を見て受け持たせてくれたものだと感じています。
例会・役員会の案内から準備、経理処理など、私の体躯から想像すると苦手そうに見えるかもしれませんが、実は案外と得意です。自分としては「なかなかソツなくこなしているかな?」などと自画自賛しております(メンバーの皆さん、いかがでしょうか?)。
さて、ライオンズクラブというと「金持ちの道楽」などと思われがちですが、社会奉仕団体としての国際組織で、民間主体で弱者救済や社会福祉の向上に取り組んでいます。「We Serve(私たちは奉仕する)」の精神で、メンバーは真摯に取り組んでいます。
六本木ライオンズクラブでいえば、社会福祉大相撲(テレビ朝日主催)に港区内の障害者の皆さんを招待したり、チャリティーゴルフ大会(昨年で31回目)を開いて収益金を寄附したり。また、薬害エイズ問題で多くの被害者となってしまった血友病の子どもたちへの支援も長年にわたり行っています。特に、血友病の子どもたちについては、社会的な差別や偏見も根強く残っており、単に財政的支援のみならず、社会に対する啓蒙活動も同時に行わねばならないと、クラブ内で話しています。
日本の福祉は何かと行政に依存する傾向が強い中で、ライオンズクラブをはじめ、市民同士が支えあう社会のしくみづくりが求められています。その意味からも、ライオンズクラブの仲間の皆さんと一緒に、これからも活動を続けていきたいと思っています。

こさい太郎プロフィール
http://www.kosaioffice.com/keitai-prof.htm

2007/01/08

こさい太郎の素浪人生活 その3

お正月の動き報告

1日…夜回り後に除夜の鐘つき(青山善光寺)、氏神である金王八幡宮参拝(渋谷)、近所の乃木神社参拝(赤坂)、妻の実家にて新年顔合わせ(原宿)、夜回り

2日…終日自宅 年賀状返信準備や名簿整理、帳簿整理など行う、夜回り

3日…午後から箱根駅伝応援(増上寺前)、母校久々の6位でシード権獲得新年会は大いに盛り上がる、その後同期のS君と夜中まで新年会が続く

4日…終日自宅 2日の作業の続き、政治団体の収支報告も作業完了、夜回り

5日…3:00牛乳配達仕事始め、お昼に札幌から母上京で羽田に出迎え(孫の顔見るため)、夜は青山表参道商店会の新年会(青山ホテルフロラシオン)その後二次会、この日の夜回りは先輩のSさんKさんが同行してくれた、感謝

6日…午前中は挨拶回り、午後は自宅で作業、夜は日赤通り商栄会の新年会、夜回り後二次会に合流、若手で深夜まで盛り上がる

7日…終日自宅、みなとヘラルド編集作業、連休明けの動きに備えて準備、夜回り

8日…早朝牛乳配達後は7日と同じ、夕刻から母上京に伴う集まりあり参加

こんな感じでした。
皆様はどんなお正月を迎えられましたか?
では、下記拙文をご一読頂ければ幸いです。


こさい太郎の素浪人生活 その3

(みなとヘラルドの創刊)
私はかねてから、東京におけるローカルメディアが極めて脆弱であることを痛感し、憂慮していました。新聞やテレビは、東京から全国に向けてニュースを発信していますが、その発信元である東京で生活する者のその生活に密着したメディアはほとんどないのが実情です。当然、地域の政治・行政に関する話題は一般の生活者にはほとんど伝わりません。これは、昨今顕著となっている東京における地方選挙の低投票率化とは無関係ではないと考えてきました。私は、いつかできれば港区におけるローカルメディアをつくってみたいとも考えていましたので、区長選挙落選をひとつのきっかけとして、自分なりの発信メディアづくりに挑戦することにしました。

落選の年の10月と翌年の2月に準備号を発行し、一昨年の4月から本格的に創刊しました。発行にあたっては多くの方々にご支援頂き、その購読料・広告料が発行の基礎となっています。改めまして厚く御礼申し上げます。

以来、今日まで万年遅配でご迷惑をおかけしながらも発行を続けていますが、個人新聞の域を抜け切れず現在に至っています。内容としては、地域のニュースも個人事業の限界で取材がママならず、結果的に、内外の政治課題についての論説誌的色彩が濃くなっています。事業らしい事業をしたことのない私にとってすべてが暗中模索なのですが、やはり多くの人々に認知してもらうためのメディアにするためには、それなりの初期投資が欠かせないのではないかと思うに至っています。目途は立っていませんが、いつか大リニューアルを図れるその日まで、細々とでも発信し続けようと思っています。また、世界的にはフリーペーペーが大流行のようです。それらの研究もしつつ、刷新の機会を伺いたいと思っています。

(つづく)

2007/01/01

こさい太郎の素浪人生活 その2

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。
本年も、当ブログを通じて私の雑感を記して参りますので、多くの方にお読み頂ければ幸いです。昨年末からはじめました「小斉太郎の素浪人生活」の連載をしばらく続けたいと思います。ぜひお付き合いください。


(議員年金の一時金支給)

区長選挙立候補により、区議会議員は自動的に失職となります。したがって、翌月からの報酬は当然ありません。一方、それとは別に議員年金関係の一時収入はありました。今注目を浴びている「議員年金」なので、少し説明をしておきます。
1995年区議会議員初当選後から失職するまで、毎月6万円強の議員年金掛金を報酬から支払っていました。これは「地方議員共済年金」といわれるもので、全国の地方議員は強制加入です。三期以上務めると65歳から年金を受給できる仕組みになっていますが、失職時「一時金」として受け取ることも可能です。「一時金」は掛金総額の7割程の支給で、当座の生活の目途も立っていない私は、この「一時金」を選択した訳です。金額はおおよそ500万円でした。
「地方議員の年金制度」、年金支給財源の一部として公費が投入されており、この点に大きな批判が集まっています。確かに公費、つまり補助金の割合も当初から比べると大きくなってきており、制度そのものを存廃を含めて見直す時期なのだと思います。ただ、私の今回のケースでは「一時金」によって「首の皮一枚つながった」ことも事実です。そんな経験も踏まえて私としては、「年金」制度は廃止して、落選したら生活保障の全くない地方議員の「退職金支給」に相当する部分に制度を特化させればいいのではないかと考えています。これなら、議員自らの掛金のみで運営することが可能で、しかも、多様な人材を議会に供給することに資することにもなるはずです。

(アルバイト生活へ)

さて、受け取った500万円のうち300万円は、選挙後の支払いに加え、国民健康保険料53万円、国民年金掛金夫婦で30万円の支払いで消えていきました。つまり、すぐにでも働かなければ年内に「バンザイ」です。
そこで、私の選挙を手伝ってくれていたY君のアルバイトを引き継ぐことになりました。Y君は私の選挙を、「自らの勉強のため」だといい、ボランティアで手伝ってくれていました。ただ、彼も生活しなければなりませんので、私の支援者の会社で週二回アルバイトをして生活費の一部に充てていました。仕事は「駐車場の巡回業務」でした。選挙中、「落選したらY君の仕事を引き継がなきゃ」などと冗談めかしに話していたことが現実になった格好です。
支援者であるA社長は、「落選中の生活を支えてあげることもできない訳ではないが、しっかり仕事をして稼ぐことが大切だ」といって、アルバイトの引継ぎをこころよく了解して下さいました。当たり前のお言葉だとは思いますが、「当たり前」を改めて思い返させて頂きました。本当に感謝しています。
そして、その年の8月から現在まで約二年半、毎週2〜3回、夜間・休日に「駐車場の見回り」を続けています。東京区部と横浜、八王子、川口などのコイン駐車場約20ヶ所が受け持ちで、不正駐車のチェックが主な業務です。最近テレビなどでも取り上げられていますが、決められた枠の外に停めたり、フラップ盤を無理やり乗り越えて出庫してしまう車が結構多いのには驚きます。モラルの低下した社会の縮図を見る思いで、やりきれない思いも感じながら日々仕事を続けています。

(つづく)

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こさいたろう

  • Author:こさいたろう
  • 25歳から港区議三期、区長選挙に挑み落選。「その日暮らし」ともいえる素浪人三年を経て、区議会に再復帰した小斉太郎の雑感を記録します。

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