こさいたろうの日々雑感…
港区をフィールドに活動する「こさいたろう」が、日々感じることを感じるままに記録します。
こさい太郎の素浪人生活 その3
お正月の動き報告
1日…夜回り後に除夜の鐘つき(青山善光寺)、氏神である金王八幡宮参拝(渋谷)、近所の乃木神社参拝(赤坂)、妻の実家にて新年顔合わせ(原宿)、夜回り
2日…終日自宅 年賀状返信準備や名簿整理、帳簿整理など行う、夜回り
3日…午後から箱根駅伝応援(増上寺前)、母校久々の6位でシード権獲得新年会は大いに盛り上がる、その後同期のS君と夜中まで新年会が続く
4日…終日自宅 2日の作業の続き、政治団体の収支報告も作業完了、夜回り
5日…3:00牛乳配達仕事始め、お昼に札幌から母上京で羽田に出迎え(孫の顔見るため)、夜は青山表参道商店会の新年会(青山ホテルフロラシオン)その後二次会、この日の夜回りは先輩のSさんKさんが同行してくれた、感謝
6日…午前中は挨拶回り、午後は自宅で作業、夜は日赤通り商栄会の新年会、夜回り後二次会に合流、若手で深夜まで盛り上がる
7日…終日自宅、みなとヘラルド編集作業、連休明けの動きに備えて準備、夜回り
8日…早朝牛乳配達後は7日と同じ、夕刻から母上京に伴う集まりあり参加
こんな感じでした。
皆様はどんなお正月を迎えられましたか?
では、下記拙文をご一読頂ければ幸いです。
こさい太郎の素浪人生活 その3
(みなとヘラルドの創刊)
私はかねてから、東京におけるローカルメディアが極めて脆弱であることを痛感し、憂慮していました。新聞やテレビは、東京から全国に向けてニュースを発信していますが、その発信元である東京で生活する者のその生活に密着したメディアはほとんどないのが実情です。当然、地域の政治・行政に関する話題は一般の生活者にはほとんど伝わりません。これは、昨今顕著となっている東京における地方選挙の低投票率化とは無関係ではないと考えてきました。私は、いつかできれば港区におけるローカルメディアをつくってみたいとも考えていましたので、区長選挙落選をひとつのきっかけとして、自分なりの発信メディアづくりに挑戦することにしました。
落選の年の10月と翌年の2月に準備号を発行し、一昨年の4月から本格的に創刊しました。発行にあたっては多くの方々にご支援頂き、その購読料・広告料が発行の基礎となっています。改めまして厚く御礼申し上げます。
以来、今日まで万年遅配でご迷惑をおかけしながらも発行を続けていますが、個人新聞の域を抜け切れず現在に至っています。内容としては、地域のニュースも個人事業の限界で取材がママならず、結果的に、内外の政治課題についての論説誌的色彩が濃くなっています。事業らしい事業をしたことのない私にとってすべてが暗中模索なのですが、やはり多くの人々に認知してもらうためのメディアにするためには、それなりの初期投資が欠かせないのではないかと思うに至っています。目途は立っていませんが、いつか大リニューアルを図れるその日まで、細々とでも発信し続けようと思っています。また、世界的にはフリーペーペーが大流行のようです。それらの研究もしつつ、刷新の機会を伺いたいと思っています。
(つづく)
1日…夜回り後に除夜の鐘つき(青山善光寺)、氏神である金王八幡宮参拝(渋谷)、近所の乃木神社参拝(赤坂)、妻の実家にて新年顔合わせ(原宿)、夜回り
2日…終日自宅 年賀状返信準備や名簿整理、帳簿整理など行う、夜回り
3日…午後から箱根駅伝応援(増上寺前)、母校久々の6位でシード権獲得新年会は大いに盛り上がる、その後同期のS君と夜中まで新年会が続く
4日…終日自宅 2日の作業の続き、政治団体の収支報告も作業完了、夜回り
5日…3:00牛乳配達仕事始め、お昼に札幌から母上京で羽田に出迎え(孫の顔見るため)、夜は青山表参道商店会の新年会(青山ホテルフロラシオン)その後二次会、この日の夜回りは先輩のSさんKさんが同行してくれた、感謝
6日…午前中は挨拶回り、午後は自宅で作業、夜は日赤通り商栄会の新年会、夜回り後二次会に合流、若手で深夜まで盛り上がる
7日…終日自宅、みなとヘラルド編集作業、連休明けの動きに備えて準備、夜回り
8日…早朝牛乳配達後は7日と同じ、夕刻から母上京に伴う集まりあり参加
こんな感じでした。
皆様はどんなお正月を迎えられましたか?
では、下記拙文をご一読頂ければ幸いです。
こさい太郎の素浪人生活 その3
(みなとヘラルドの創刊)
私はかねてから、東京におけるローカルメディアが極めて脆弱であることを痛感し、憂慮していました。新聞やテレビは、東京から全国に向けてニュースを発信していますが、その発信元である東京で生活する者のその生活に密着したメディアはほとんどないのが実情です。当然、地域の政治・行政に関する話題は一般の生活者にはほとんど伝わりません。これは、昨今顕著となっている東京における地方選挙の低投票率化とは無関係ではないと考えてきました。私は、いつかできれば港区におけるローカルメディアをつくってみたいとも考えていましたので、区長選挙落選をひとつのきっかけとして、自分なりの発信メディアづくりに挑戦することにしました。
落選の年の10月と翌年の2月に準備号を発行し、一昨年の4月から本格的に創刊しました。発行にあたっては多くの方々にご支援頂き、その購読料・広告料が発行の基礎となっています。改めまして厚く御礼申し上げます。
以来、今日まで万年遅配でご迷惑をおかけしながらも発行を続けていますが、個人新聞の域を抜け切れず現在に至っています。内容としては、地域のニュースも個人事業の限界で取材がママならず、結果的に、内外の政治課題についての論説誌的色彩が濃くなっています。事業らしい事業をしたことのない私にとってすべてが暗中模索なのですが、やはり多くの人々に認知してもらうためのメディアにするためには、それなりの初期投資が欠かせないのではないかと思うに至っています。目途は立っていませんが、いつか大リニューアルを図れるその日まで、細々とでも発信し続けようと思っています。また、世界的にはフリーペーペーが大流行のようです。それらの研究もしつつ、刷新の機会を伺いたいと思っています。
(つづく)
こさい太郎の素浪人生活 その2
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。
本年も、当ブログを通じて私の雑感を記して参りますので、多くの方にお読み頂ければ幸いです。昨年末からはじめました「小斉太郎の素浪人生活」の連載をしばらく続けたいと思います。ぜひお付き合いください。
(議員年金の一時金支給)
区長選挙立候補により、区議会議員は自動的に失職となります。したがって、翌月からの報酬は当然ありません。一方、それとは別に議員年金関係の一時収入はありました。今注目を浴びている「議員年金」なので、少し説明をしておきます。
1995年区議会議員初当選後から失職するまで、毎月6万円強の議員年金掛金を報酬から支払っていました。これは「地方議員共済年金」といわれるもので、全国の地方議員は強制加入です。三期以上務めると65歳から年金を受給できる仕組みになっていますが、失職時「一時金」として受け取ることも可能です。「一時金」は掛金総額の7割程の支給で、当座の生活の目途も立っていない私は、この「一時金」を選択した訳です。金額はおおよそ500万円でした。
「地方議員の年金制度」、年金支給財源の一部として公費が投入されており、この点に大きな批判が集まっています。確かに公費、つまり補助金の割合も当初から比べると大きくなってきており、制度そのものを存廃を含めて見直す時期なのだと思います。ただ、私の今回のケースでは「一時金」によって「首の皮一枚つながった」ことも事実です。そんな経験も踏まえて私としては、「年金」制度は廃止して、落選したら生活保障の全くない地方議員の「退職金支給」に相当する部分に制度を特化させればいいのではないかと考えています。これなら、議員自らの掛金のみで運営することが可能で、しかも、多様な人材を議会に供給することに資することにもなるはずです。
(アルバイト生活へ)
さて、受け取った500万円のうち300万円は、選挙後の支払いに加え、国民健康保険料53万円、国民年金掛金夫婦で30万円の支払いで消えていきました。つまり、すぐにでも働かなければ年内に「バンザイ」です。
そこで、私の選挙を手伝ってくれていたY君のアルバイトを引き継ぐことになりました。Y君は私の選挙を、「自らの勉強のため」だといい、ボランティアで手伝ってくれていました。ただ、彼も生活しなければなりませんので、私の支援者の会社で週二回アルバイトをして生活費の一部に充てていました。仕事は「駐車場の巡回業務」でした。選挙中、「落選したらY君の仕事を引き継がなきゃ」などと冗談めかしに話していたことが現実になった格好です。
支援者であるA社長は、「落選中の生活を支えてあげることもできない訳ではないが、しっかり仕事をして稼ぐことが大切だ」といって、アルバイトの引継ぎをこころよく了解して下さいました。当たり前のお言葉だとは思いますが、「当たり前」を改めて思い返させて頂きました。本当に感謝しています。
そして、その年の8月から現在まで約二年半、毎週2〜3回、夜間・休日に「駐車場の見回り」を続けています。東京区部と横浜、八王子、川口などのコイン駐車場約20ヶ所が受け持ちで、不正駐車のチェックが主な業務です。最近テレビなどでも取り上げられていますが、決められた枠の外に停めたり、フラップ盤を無理やり乗り越えて出庫してしまう車が結構多いのには驚きます。モラルの低下した社会の縮図を見る思いで、やりきれない思いも感じながら日々仕事を続けています。
(つづく)
本年もよろしくお願い申し上げます。
本年も、当ブログを通じて私の雑感を記して参りますので、多くの方にお読み頂ければ幸いです。昨年末からはじめました「小斉太郎の素浪人生活」の連載をしばらく続けたいと思います。ぜひお付き合いください。
(議員年金の一時金支給)
区長選挙立候補により、区議会議員は自動的に失職となります。したがって、翌月からの報酬は当然ありません。一方、それとは別に議員年金関係の一時収入はありました。今注目を浴びている「議員年金」なので、少し説明をしておきます。
1995年区議会議員初当選後から失職するまで、毎月6万円強の議員年金掛金を報酬から支払っていました。これは「地方議員共済年金」といわれるもので、全国の地方議員は強制加入です。三期以上務めると65歳から年金を受給できる仕組みになっていますが、失職時「一時金」として受け取ることも可能です。「一時金」は掛金総額の7割程の支給で、当座の生活の目途も立っていない私は、この「一時金」を選択した訳です。金額はおおよそ500万円でした。
「地方議員の年金制度」、年金支給財源の一部として公費が投入されており、この点に大きな批判が集まっています。確かに公費、つまり補助金の割合も当初から比べると大きくなってきており、制度そのものを存廃を含めて見直す時期なのだと思います。ただ、私の今回のケースでは「一時金」によって「首の皮一枚つながった」ことも事実です。そんな経験も踏まえて私としては、「年金」制度は廃止して、落選したら生活保障の全くない地方議員の「退職金支給」に相当する部分に制度を特化させればいいのではないかと考えています。これなら、議員自らの掛金のみで運営することが可能で、しかも、多様な人材を議会に供給することに資することにもなるはずです。
(アルバイト生活へ)
さて、受け取った500万円のうち300万円は、選挙後の支払いに加え、国民健康保険料53万円、国民年金掛金夫婦で30万円の支払いで消えていきました。つまり、すぐにでも働かなければ年内に「バンザイ」です。
そこで、私の選挙を手伝ってくれていたY君のアルバイトを引き継ぐことになりました。Y君は私の選挙を、「自らの勉強のため」だといい、ボランティアで手伝ってくれていました。ただ、彼も生活しなければなりませんので、私の支援者の会社で週二回アルバイトをして生活費の一部に充てていました。仕事は「駐車場の巡回業務」でした。選挙中、「落選したらY君の仕事を引き継がなきゃ」などと冗談めかしに話していたことが現実になった格好です。
支援者であるA社長は、「落選中の生活を支えてあげることもできない訳ではないが、しっかり仕事をして稼ぐことが大切だ」といって、アルバイトの引継ぎをこころよく了解して下さいました。当たり前のお言葉だとは思いますが、「当たり前」を改めて思い返させて頂きました。本当に感謝しています。
そして、その年の8月から現在まで約二年半、毎週2〜3回、夜間・休日に「駐車場の見回り」を続けています。東京区部と横浜、八王子、川口などのコイン駐車場約20ヶ所が受け持ちで、不正駐車のチェックが主な業務です。最近テレビなどでも取り上げられていますが、決められた枠の外に停めたり、フラップ盤を無理やり乗り越えて出庫してしまう車が結構多いのには驚きます。モラルの低下した社会の縮図を見る思いで、やりきれない思いも感じながら日々仕事を続けています。
(つづく)
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